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信長の嵐世記2

「入京」(山城国)
「摂津和泉攻め」……本願寺を攻める。一向宗徒が必ず敵に回るのが厄介。また本願寺は攻められると翌月、別のところを仕返しに攻めてくる。(ほぼ)安全地帯になった四国から大砲を持ってきて対処。

「大和攻め」……城の一つは興福寺家、もう一つは本願寺家。興福寺は本願寺に従属している。何も考えずに攻めていたら、興福寺を落としただけで終戦。もう一丁。雨にたたられ、長丁場。信貴山城は山の上にあり、地味に時間がかかる。なんとか落とす。

「紀伊攻防戦」……大苦戦。過信して、国人も一向宗も敵に回る中での戦い。
 第一次……主力の大将孫市が士気を失い、退却。
 第二次……希の近衛軍が雑賀城を取るも、時間切れ。
 第三次……孫市は休み。三好義賢が大将。義賢軍プラス希の近衛軍、20部隊で楽勝のはずが、なんと朝廷からの休戦協定。
 第四次……主力・近衛軍の混成部隊。(でも最大3中隊) 槍衾を持つ姉小路が意外な大活躍。鉄砲ばかりでもよくないということか。

 いつの間にか加わった鈴木佐大夫、小早川隆景、高橋鎮種が頼もしい。前田玄以も。

 名声ランキング。
前回: 本願寺 西園寺 伊達 佐竹 今川 (次点)蘆名
今回: 西園寺(右衛門少尉) 本願寺(治部卿) 伊達(関白) 今川(右大臣) 佐竹(左大臣) 次点=蘆名(太政大臣)

 ついに一位に。大名数は15に。

「伊賀攻め」……完全に安全地帯になった四国阿波から増援。彼らを元に部隊を作る。藤方朝成、吉見正頼、一条正教(ランダム跡継ぎ)ら。やはり国人を味方につけていると、楽勝。
「山城防衛戦」……毎月のように攻められる京都御所。小早川隆景を大黒柱として置く。大砲四門に、比叡山延暦寺が守ってくれる。

 ここでギアチェンジ。中国地方から急いで攻めてきたが、苦戦が続いた。国人を味方につけないと、苦しいばかりでなく、味方につけようとしてもせっかく謀略で国人の敵への信頼度を落としても、こちらの信頼度が「敵対」だったりすると意味がなくなる。

 今川義元、没。1577年。

「近江の早駆け」……嵐世記独特の、カウンター作戦。攻めてくると予想された元の国へ攻める。敵の守りは手薄。こちらの守るべきところには厚い守りを敷く。国を取るだけでなく、捕虜を高確率で捕らえる(気がする)作戦である。まず一向宗を倒し、南から反時計回りに城を落とす。小谷城は、部隊を一つ先駆けさせ、門を弱めておく。時間内に三つクリアー。久々の会心の勝利。

 伊達晴宗、没。同じく1577年。なんと岩城常隆(誰だそれ)が跡を継ぐ。つまり伊達家が岩城家になってしまった。

今回: 西園寺(伊豆守) 本願寺(治部卿) 佐竹(左大臣) 蘆名(太政大臣) 蠣崎(蔵人別当) 次点=岩城(役職なし)

 氏真になった今川家は10位に大きくダウン。

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