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653 日本語は映像的である 熊谷高幸

 図書館より。新曜社。副題、心理学から見えてくる日本語のしくみ。

 「私は山田です。」「私が山田です。」 この二つの違いを説明できる人は少ないであろう。英語流に新情報・旧情報という考え方を持ち出す人もいるであろう。外国人向けに「『は』は話題を示す『とりたて語です』」と説明することもある。学校文法では「『が』は主語を表す」とある。著者は言語学者ではない。自閉症者のコミュニケーション障害を専門に研究している。それだけに「共同注視」というタームを軸に日本語という言語を解説する。
 「私は」と言えば映像に「私」だけが映しだされている。「私が」と言えば他の人も映像に映っているが、ほかの人はともかく「私」が話題になっているのだ。「は」はクローズアップ、「が」はロングショットなのだ。

*現場指示; 目の前の対象に対して指示詞を使う場合
*文脈指示; 話の流れで使う場合

*欧米の人間関係は集団の成員が同じ資格で横に(ウェブのように)つながっていく。日本人の人間関係は家系図のように縦につながる。
*日本人の人間関係は人と人がつながる場を重視するものであり、集団に加わるにも、その成因のうちの一人と懇意になることがまず必要なのだ。

*日本人は外国に行くと写真を撮り、お土産を求める。写真やお土産という形でその場にいない人とと異国の景色を共有しようとする。それは映像共有の心理が強く働いていると考えられるのである。

  

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