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943 街場の文体論 内田樹

 図書館より。ミシマ社。

 難しい本は久しぶりだ。でも神戸女学院大学の講義録であるからとうぜん口語的である。講義名は「クリエイティブ・ライティング」。説明のうまい作家から始まって、トマトソースとトーマス・マンを見間違えた北杜夫、『グレート・ギャツビー』で繰り返される『ロング・グッドバイ』、”鉱脈”を掘り当てる村上春樹、ロラン・バルトのエクリチュール論、学校や軍隊など集団で養われる共‐身体感覚。

#英語は道具ではない
#「自分が言いたいこと』を外国語で習いましょうという動機づけではほんとうは外国語は学べないんです。方向が逆だからです。
#外国語の学習というのは、本来、自分の種族には理解できない概念や、存在しない感情、知らない世界の見方を、他の言語集団から学ぶことなんです。

#不思議なもので、すごく調子がいいときには、書きつつあるときに、「終わりまで書き終えた自分」の達成感を先取りできることがあります。

#アルチュール・ランボーはたぶん共感覚者だったようで、「母音」という詩を残しています。「Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青」、ほんとうにそういうふうに見えたのでしょう。

#言語は道具ではありません。金をかき集めたり、自分の地位や威信を押し上げたり、文化資本で身を飾ったりするための手段ではありません。そのような欲望の主体そのものを解体する、力動的で生成的な営みなんです。

#今僕達のまわりに行き交っている言葉の多くは「届く言葉」ではありません。「査定を求める言葉」でさえない。「自分を尊敬しろ」と命じる言葉です。ほんとうに。

  

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