この世界の片隅に
久しぶりの映画館。
戦争前夜の広島で生まれた絵の好きな「ぼーっとしている」女の子が十九になり、軍港呉にお嫁にもらわれていき、そこで生きていく物語。
上映が終わり、室内が明るくなったときの雰囲気が異様だった。
誰も口を開かなかった。
ふつう「おもしろかったね」「トイレ行こう」なんて声が聞えるものだが、一切なし。
私を含めた観客が、この映画の重さを受け止めているのだ。
かなりの人が、「すずさんが生きていたら何歳だろう?」と考えたはずだ。「母くらい」「祖母くらい」と。
宿題をもらった気分。
「お前はこの映画を見て何を感じるのだ?」
もちろん反戦映画である。夫婦の愛情もテーマであろう。広島だから核兵器廃絶の祈りも避けて通れない。知らないところに自分一人で入っていく、嫁入りという制度の中の女の一生も大事なモチーフである。
そしてそこには、契約問題でこじれて自分の本名さえ名乗れない「のん」さんの素晴らしい演技と、彼女が置かれた境遇がオーバーラップされる。
彼女の広島弁がかわいい。どうしても『はだしのゲン』の影響で(おどりゃムスビ)広島弁は怖い言葉というイメージがあったのだが、「…ですけえ」「おりんさった」なんて優しい広島弁が耳に心地よい。パフュームの「あーちゃん」を思い出す。
短いカットインが挿入され、「あっ? あっ?」と思っているうちに次に行ってしまうので、きっと複数回見るとまた発見がある映画であろう。
ネットでは「百年に一度の傑作だ」なんて声もあるが、さもありなん。素晴らしいアニメ映画を二本挙げろと言われたら、私は本作と『カリオストロの城』を挙げる。
おすすめマークほい! ★★★★★+★★
(5点満点ですが凌駕)
<以下は内容に関する表現があります>
さらに素晴らしいのは音楽と音響。
歌はコトリンゴさんという女性歌手が担当しているが、この世界観に、「のん」さんの声に、「すず」さんのイメージに、すべてマッチしている。「トントントンカラリと隣組」の歌もいい。
『ムーンライト・セレナーデ』の楽団もいい。
『悲しくてやりきれない』の作詞はサトウハチローである。やはりこの人は天才である。巨人である。
本作では「○年×月」なんて時間が表示される。まるで20年8月15日にセットされた時限爆弾のように。
後半はひたすら戦争の描写となる。空襲警報が発令され、グラマンが機銃掃射を行なう。爆撃機が焼夷弾を落とし、日本の木と紙でできた家を燃やす。その音が、腹に響くのだ。生理的に恐怖感を感じるほどに。
前半はコメディ・シーンなのだが、失敗したときの「すず」さんの「<」と「ー」が組み合わさった(要するに目をつぶった三本の線)目がかわいい。そうやって「苦笑い」でなんでもやり過ごしてきた「すず」さんが、玉音放送を聞いて号泣する。敗戦は苦笑いではやり過ごせない。
ラストシーンの右手で泣く。
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