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1529 みみずくは黄昏に飛びたつ 川上未映子・村上春樹

 図書館より。新潮社。

 『騎士団長殺し』を中心にしたロングインタビュー。
 村上さんはストーリーが象徴するものやアイデアの得方などは「よくわからないな」「考えたこともない」「ぱっと出てくる」などと答えにならない答えを繰り返す。ではどんなことに饒舌になるかというと、文体だ。ボイスとも呼んでいる。

#文章を磨きあげるというその行為のある一瞬、その体験こそが、小説家にとっての自分自身なのだと。

#比喩っていうのは、意味性を浮き彫りにするための落差であると。
#ここですとんとうまく落差を与えておけば、読者ははっとして目が覚めるだろうと。

#ぼくが主人公として書きたいのは、基本的には普通の人なんです。(略)しかもいろんな意味あいで、まだ自由な立場にある人。誰しもある程度の年齢になってくると、いろいろ現実がつきまとってくるでしょう。でも、三十代半ばぐらいだと、まだ……。

#ボイスをよりリアルなものにしていく、それが僕らの大事な仕事になる。それを僕は「マジックタッチ」って呼んでいます。

#(村上)自分の中に大きなキャビネットがあって、そこに抽斗(ひきだし)がいっぱいあるんですよ。
#(川上)それに関連して引いていらっしゃる、ジョイスの「イマジネーションとは記憶のことだ」という言葉も興味深いです。

#デビューの頃、僕が社会的発言をあまりしたくないと思っていたのは、第一に、学生運動の頃の、言葉が消耗されてまったく無駄に終わってしまったことへの怒りみたいなものが強くあったからです。

#リンカーンが言っているように、ものすごくたくさんの人間を一時的に欺くことはできるし、少ない数の人間を長く欺くこともできる。しかしたくさんの人間を長く欺くことはできない。

#『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を書いたときかな、あのときは、「世界の終り」の話と「ハードボイルド・ワンダーランド」の話とを別々に、章ごとに順番に書いていって、なぜかわからないけれど最後には一つになるだろうという確信があったんです。そういう確信を持てたのは、たぶん「何かを受け取る力」があったからじゃないかと思う。あのときもプランを作らないでどんどん書いていって、最後にピタッと一つに合っちゃったわけ。あれは気持ちよかったな。
#よくそんな恐ろしいことを(笑)。

*ぼくにとって文章をどう書けばいいのかという規範は二個しかないんです。一つはゴーリキーの『どん底』の中で、「おまえ、俺の話、ちゃんと聞いてんのか」って一人が言うと、もうひとりが「俺はつんぼじゃねえや」と答える。普通の会話だったら、「聞こえてら」で済む会話ですよね。でもそれじゃドラマにならないわけ。もう一つは比喩のこと。チャンドラーの比喩で「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というのがある。「眠れない夜は稀である」だと、読者は特になにも感じないですよね。

#物語自体も、これが何であるとか事前に考えることもなければ、書き終わったあとに答え合わせというか、これは何の意味だと考えることも一切ない。

#人類の歴史のなかで、物語の系譜が途切れたことはありません。僕の知る限り、ただの一度もない。どれだけ本を焼いても、作家を生めて殺しても、書物を読む人を残らず刑務所に送っても、教育システムを潰して子供に字を教えなくても、人は森の奥にこもって物語を語り継ぐんです。それが善き物語であれば。


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