2028 ショージ君の青春記 東海林さだお
ブックオフN店。文春文庫5番。
いちど伯父の本棚で読んだことがあり、最高傑作だと心に刻んだ。令和になって再び手に入れた。
考えるのは女の子にモテることだけ、勢いで大学の学科を選び、デートやダンスでは経験不足を露呈し、学園祭を満喫し、あとさきを考えずに出版社に漫画を持ち込む。
ふわふわした状況にそぐわない硬い表現をぶつける技巧はこの頃から圧倒的である。
書き下ろしということで前置きなしで章の始めから本題に入るのもいい。
#今日も電車の中で、トイメンのメッチェンにじっと見つめられた。
麻雀は苦手だが「トイメン」という言葉は使う。メッチェンとはドイツ語のメートヒェンのもじりであろう。もう少しドイツ語が使われていた時代。
靴下を買おうとしたら下段にワンポイントの刺繍のついた別の靴下を見つけた。
#値段はむろん、ワンポイントのついた方がやや高い。
#センスの良さ、という点では、むろんワンポイントのほうに軍配があがるだろう。
#チラと見える靴下に凝る人は、服装のセンスがいい、という記事を読んだことがあるような気がする。
#ワンポイントの刺繍のために、ぼくの人格評価がツーポイントぐらいよくなるかもしれない。
ワンポイントとツーポイントのギャグ。しかし「方/ほう」「良さ/よくなる」とあまり表記にはこだわっていませんね。
#九学部の受験は九日間たて続けに行なわれた。
#そういうふうにスケジュールができていたのである。
#合格発表もまた、九日間たて続けに行なわれた。
#ぼくは毎日毎日発表を見に行った。
#毎日毎日ぼくは落ちていた。
この五行の天才!
|ぼくは毎日毎日発表を見に行った。
|ぼくは毎日毎日落ちていた。
これでは面白くないのである。あの語順がいい。
また「な」付きの「行なう」表記なのですね。私と同じでうれしい。いや、東海林さだおさんの影響で「な」付きにしたのかも。
#なにごとにも大ざっぱで楽天的な考え方をする園山の頭に浮かんだのは、高級レストランでも、寿司屋でもなく、それは神楽坂の料亭だった。
#神楽坂というところは、政財界の巨魁たちが利用するところだというぐらいの知識は、当時のわれわれにもむろんあった。
#ぼくはその旨を園山に告げ、身分という言葉も添え、予算などという言葉も混じえて彼の翻意をうながした。
#彼はぼくの言葉をじっくり聞いたうえでこういった。
#「だからさ、そういうところで一度コンパをやってみたいじゃないか」
#この一言になぜかかなりの説得力があったのでぼくはそれに従うことにした。
ご存知、『がんばれゴンベ』『ギャートルズ』の園山俊二。「病みあがり風の、やや老いた感じの美貌の青年」と描写されている。
漫画グループを作り、女性誌を出しているK社に持ち込む。
#「いけ、いけ」
#と、福地が背中をつつく。
#また、数歩前進する。
#無言で入ってきて、無言で赤面し、数歩ずつ、少しずつ前進するこの不思議な集団に、だれも注意を払わない。
「小柄ではあるがハンサムな美青年」福地泡介は日経新聞に四コマを載せ、雀士であり、著者の草野球仲間であったマルチタレント。
著者は酒屋をしている家を出て、賄いのない下宿暮らしを始めた。ロシア語科なのにロシア語が読めないので、大学にも行かなくなった。
#しばらく会わないでいるうちに、彼はすでに結婚さえしていたのである。
#ぼくは福地に会いに行った。
#小ぎれいなアパートに、ちゃんと表札がかかっており、戸口のところに牛乳のビンが並んでいた。
#「ああ、彼はちゃんと〝生活〟している」
#ぼくはそう思った。
#漫画なぞという、ふたしかであやふやなものを、ちゃんと牛乳という現実的なものに換えて生活している。
(二文略)
#ぼくの部屋には表札さえないのだ。
#むろん牛乳ビンも並んでいない。
#そうだ、ぼくも漫画を描こう。漫画を描いて牛乳をとろう。牛乳をとって、ぼくも生活者の仲間入りをさせてもらおう。
解説の矢野誠一さんも「このくだりは、少しばかり感動的である」と照れながらほめ、長々と引用している(同じ本の解説に引用は必要なの?)。漫画家になって社会人として自立していこう、ではなく、牛乳をとって表札をかけよう、とずらすところに真骨頂がある。
#この本は、タイムカプセルにおさめなければならない。
解説の文章はこの一文を以て終わる。
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